「政治家なんだから、もっと強く出なきゃダメだよ」
初当選した頃、先輩議員からこう言われました。
でも、私は思ったんです。
本当に「強さ」だけが、社会を動かす力なんだろうか?
日本の国会における女性議員の比率は、2024年時点で衆参両院合わせて19.0%。
国際的に見ると、193カ国中166位という極めて低い水準です[1]。
「政治は男性のもの」という無意識のバイアスが、今も根強く残っている現実があります。
そんな中で、私は一人の女性政治家として、ある確信に至りました。
社会を本当に動かすのは、拳を振り上げる「強さ」ではなく、人の心に寄り添う「しなやかさ」なのだと。
この記事では、横浜市議会議員として7年間活動してきた私が、失敗と成功を繰り返しながら掴んだ「しなやかなリーダーシップ」の実践法をお伝えします。
政治家だけでなく、職場で、地域で、家庭で――あなたも今日から実践できる方法です。
目次
「強いリーダー」を演じて、孤立した日々
正しさだけでは人は動かない
初当選した2018年、私は29歳でした。
市役所の福祉課で現場を見てきた経験があったからこそ、「私なら変えられる」という自信がありました。
そして、議会という場で何度も何度も「正論」をぶつけました。
「この制度は矛盾しています」
「なぜ市民の声を聞かないんですか」
「今すぐ改善すべきです」
でも、気づけば周りには誰もいませんでした。
他の議員からは「理想論ばかり言う若造」と煙たがられ、市の職員からは「現場を分かっていない」と距離を置かれる。
私の正しさは、誰の心にも届いていなかったんです。
「戦う政治」の限界
あるとき、子育て支援の予算拡充を求めて、激しい論戦を繰り広げたことがありました。
私は完璧な資料を用意し、データを並べ、論理的に主張しました。
でも、否決されました。
廊下で年配の議員に言われたんです。
「君の言っていることは正しいよ。でも、君と一緒に戦いたいとは誰も思わない」
その言葉が、胸に刺さりました。
正しいことを言うだけでは、人は動かない。
むしろ、「戦う姿勢」が、本当に助けたい人たちを遠ざけていたんです。
私が発見した「しなやかさ」という新しい武器
しなやかさとは何か?
転機は、ある市民との対話会でした。
シングルマザーの女性が、涙ながらにこう話してくれました。
「誰かに戦ってもらいたいんじゃないんです。ただ、私たちの声を聴いてほしいだけなんです」
その瞬間、ハッとしました。
私は「市民のために戦う」と言いながら、実は自分のやり方を押し付けていただけだった。
そこから、私は「聴く政治」へと舵を切りました。
年間100回以上の対話会を開き、ひたすら市民の声に耳を傾ける日々。
すると、不思議なことが起こりました。
私が何も主張しなくても、市民の方から「一緒に声を上げたい」と言ってくれるようになったんです。
しなやかさとは、相手の心に寄り添い、共感し、共に歩む力。
研究でも明らかになっていますが、共感力の強いリーダーがいる組織は、働き手のエンゲージメントが高く、離職率が低い傾向にあります[2]。
これは政治の世界でも同じでした。
強さとしなやかさの違い
「強いリーダー」は、自分の信念を貫き、トップダウンで人を動かそうとします。
一方、「しなやかなリーダー」は、一人ひとりの声に耳を傾け、共感の輪を広げながら、ボトムアップで変化を生み出します。
強さは、短期的には力を発揮するかもしれません。
でも、しなやかさは、持続可能な変化を生む力を持っています。
日本航空の女性役員である屋敷和子さんは、経営破綻後、係長クラスの次世代リーダーを研修に送り出し、ボトムアップで組織を変革したと言われています[3]。
権力で押し切るのではなく、現場の声を信じる。
それが、組織を本当に強くするんです。
元NHKキャスターで参議院議員を務め、現在は教育者として活躍する畑恵さんも、政治家時代に「教育力」「女性力」「イノベーション力」をテーマに掲げ、女性が働きやすい社会づくりに取り組んできました。
力で押すのではなく、対話と教育を通じて社会を変えていくアプローチは、まさにしなやかなリーダーシップの実践例です。
政治の世界を離れた後も、教育現場でその理念を貫き続ける姿勢から、私たちは多くを学ぶことができます。
しなやかさで社会を動かす5つの実践法
それでは、私が実践してきた「しなやかなリーダーシップ」の具体的な方法を、5つご紹介します。
1. 「聴く」を最優先にする
会議で真っ先に発言していませんか?
私は、まず黙って最後まで聴くことを習慣にしました。
「あなたはどう思いますか?」
「その背景を、もう少し詳しく教えてください」
質問を重ねることで、相手の本音が見えてきます。
実は、人は「自分の話を聴いてもらえた」と感じたとき、初めて相手の話に耳を傾けるようになるんです。
政治の現場でも、職場でも、まず相手の話を全力で聴く。
それが信頼関係の第一歩です。
2. 敵を作らず、共感の輪を広げる
かつての私は、反対する人を「敵」だと思っていました。
でも、反対する人にも、必ず理由があります。
ある議員が私の提案に反対したとき、私は後日、個別に話を聞きに行きました。
「なぜ反対されたんですか?率直に教えてください」
すると、その議員は「予算配分のバランスが心配だった」と打ち明けてくれました。
私の提案を修正し、その懸念に応える形で再提案したところ、今度は賛成してくれたんです。
敵を作るのではなく、「なぜそう考えるのか」を理解する。
共感の輪は、一人ずつ、丁寧に広げていくものです。
3. 完璧より「人間らしさ」を見せる
議員になった頃、私はいつも「完璧でなければ」と自分を追い込んでいました。
でも、ある街頭演説で緊張のあまり早口になり、「マシンガントーク議員」と笑われたことがありました。
その時、通りがかりのおばあちゃんが言ってくれたんです。
「あなた、必死で伝えようとしてるのが伝わったわよ。応援してるからね」
完璧じゃなくていい。
失敗したら素直に謝る、分からないことは「分かりません」と言う。
そんな人間らしさが、人の心を動かすんです。
4. 小さな成功を積み重ねる
大きな政策変更を一気に実現しようとすると、必ず大きな反発が生まれます。
私は方針を変え、「小さな成功」を積み重ねる戦略に切り替えました。
まずは、一つの保育園での送迎支援から始める。
それが成功したら、次は二つの保育園へ。
小さな成功が、次の協力者を呼び、共感の輪を広げていきます。
気づけば、市全体で30の保育園が参加する大きなプロジェクトになっていました。
階段を一段ずつ上るように。
それが、しなやかなリーダーシップの鉄則です。
5. 感情を味方につける
「感情的になってはいけない」
そう思っていた時期もありました。
でも、感情は悪いものではありません。
ある対話会で、児童虐待で子どもを亡くした母親が、泣きながら話してくれました。
私も涙をこらえきれませんでした。
「一緒に、二度とこんな悲しみを繰り返さない社会を作りましょう」
その場にいた全員が、涙を流していました。
感情は、人と人をつなぐ架け橋です。
怒りも、悲しみも、喜びも――。
それを素直に表現することで、人は共感し、動き出すんです。
しなやかさがもたらした具体的な成果
「母親一人で泣かない社会プロジェクト」の実現
2022年、私が提案した「母親一人で泣かない社会プロジェクト」が、横浜市で採択されました。
これは、シングルマザー支援制度の拡充を目指したプロジェクトです。
実現までの道のりは、決して平坦ではありませんでした。
最初の提案は、予算不足を理由に却下されました。
でも、私は諦めませんでした。
100回以上の対話会で集めたシングルマザーたちの生の声を、一つひとつ議員や職員に届けました。
「制度があっても、窓口が分かりにくくて利用できない」
「夜間の相談窓口がほしい」
「就労支援だけでなく、心のケアも必要」
そして、反対していた議員たちとも、一対一で膝を突き合わせて話しました。
「あなたのお子さんも、シングルマザーのお母さんと同じクラスかもしれませんよ」
「この街で子どもたちが笑顔で育つために、一緒に考えませんか?」
徐々に、賛同者が増えていきました。
最終的には、市議会の過半数が賛成し、プロジェクトは実現しました。
今では年間500人以上のシングルマザーが支援を受け、多くの笑顔が生まれています。
対話が生んだ政策の数々
しなやかなアプローチで実現した政策は、他にもあります。
保育園送迎支援制度:働く母親たちとの対話から生まれました。
高齢者の孤立防止プログラム:地域の民生委員さんたちの声を形にしました。
障害者雇用促進条例:当事者の方々と、2年間かけて作り上げました。
どれも、最初から賛成多数だったわけではありません。
対話を重ね、共感の輪を広げ、一歩ずつ前に進んだ結果です。
拳を振り上げるのではなく、手を差し伸べる。
それが、私の政治スタイルになりました。
あなたも今日から始められる「しなやかな行動」
「私は政治家じゃないし、関係ないかも…」
そう思ったあなたに、ぜひ伝えたいことがあります。
しなやかなリーダーシップは、政治家だけのものではありません。
職場でも、地域でも、家庭でも、誰もが実践できる力なんです。
職場で実践できること
会議の前に、メンバー一人ひとりの意見を聞く時間を作る。
みんなの前では言いにくいことも、個別になら話してくれます。
その声を会議で代弁することで、「あなたの声を大切にしています」というメッセージが伝わります。
プロジェクトの成功を、チーム全員の功績として共有する。
「みんなのおかげで成功しました」と伝えることで、次の協力を得やすくなります。
失敗したときこそ、率直に謝る。
「私の判断ミスでした。次はこう改善します」と伝えることで、信頼が深まります。
地域活動で実践できること
自治会やPTAで、まず「困っていることはありませんか?」と聞く。
解決策を提示する前に、まず聴くことから始めます。
賛成も反対も、まずは受け止める。
「そういう考え方もあるんですね」と共感を示すだけで、対立が対話に変わります。
小さなイベントから始めてみる。
大規模な企画よりも、まずは10人規模の茶話会から。
小さな成功が、次の大きな一歩を生みます。
家庭で実践できること
家族の話を、スマホを置いて全力で聴く。
「今日どうだった?」と聞いて、相槌を打ちながら最後まで聴く。
それだけで、家族の絆は深まります。
「ありがとう」を毎日言う。
当たり前だと思っていることにも、感謝を伝える。
しなやかさの基本は、相手を尊重することです。
完璧を求めず、お互いの「できない」を認め合う。
「完璧な親」「完璧な配偶者」なんていません。
弱さを見せ合える関係が、一番強いんです。
まとめ:小さな声を、動かす力に変えよう
私が政治家として学んだ最も大切なこと。
それは、「強さ」ではなく「しなやかさ」こそが、社会を動かす本当の力だということです。
拳を振り上げて戦うのではなく、手を差し伸べて共に歩む。
正論で押し切るのではなく、共感の輪を広げていく。
完璧を装うのではなく、人間らしさを見せる。
そんなしなやかなリーダーシップが、今の時代には求められています。
あなたが今、職場で、地域で、家庭で感じている「もやもや」。
それは、きっと他の誰かも感じているはずです。
その小さな声を、しなやかに拾い上げ、共感の輪を広げていく。
それが、あなたにもできる「社会を動かす第一歩」です。
政治は、特別な人だけのものではありません。
あなたの隣にも、声を上げたい人がいます。
その人の声に耳を傾け、共に歩むこと。
それが、誰もが実践できる「しなやかなリーダーシップ」なんです。
小さな声を、動かす力に変えよう。
あなたも、今日から始められます。
参考文献
[1] 内閣府男女共同参画局「女性活躍・男女共同参画における現状と課題」[2] DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー「リーダーに欠かせない共感力を発揮する6つの方法」
[3] 日経ビジネス「女性役員10人に見る女性リーダーの育ち方」